小さな奇跡

 心身ともに不調で、気持ちが落ち込んでいたときのことです。なにかの手ごたえをつかもうと活字を読み漁っていまし
た。しだいに、難しい本や小説は受け付けなくなり、笑えるエッセイや軽い紀行文といったジャンルしか読みたくなくなっ
ていました。
 でも、図書館にそうそう面白いエッセイがあるわけでなく、本屋にでかけましたが、ここでもまったく見当たりません。
 本屋から帰って、ぼんやりしていたら、娘のユーカが「おとうさんに大事な御本貸してあげる。気をつけてよむんだゾ」
といって、新約聖書を持ってきました。ちょとびっくりしましたが、母親につれられて教会に通っていることを知っていた
ので、「ふーん、これがユーカの大切な御本か。じゃあ、汚さないように丁寧に読ましてもらおうかな」とページをめくりま
した。扉のところにラインマーカーでユーカのサインがていねいに書いてあり、なるほど大事にしているんだなと思いまし
た。
 「ユーカはいつもこの御本を読んでるの?」
 「字が読めないから、見てるだけだよ」と、横で聞いていたコータが報告します。
 「でも、毎晩、寝る前に見てるんだよ。ね、ユーカ」
 「へーえ、感心だ……」とほめてやりながらも、母親からそうしつけられているのなら、ちょっとやり過ぎなんではないか
な、という思いがよぎりました。私が無宗教なものですから、こうした宗教的な行いに過剰な防衛意識が働くのかもしれ
ません。
 しかし、そんな思いも一瞬間だけで、毎晩のユーカの行為のけなげさと、元気のない父親にその大切な本を読めと薦
めてくれた思いやりに、私の胸は熱くなったのでした。
 後日、妻の説明はこうでした。
 「そんなことをしてるとは知らなかった。私からユーカにそうしなさいと言ったことはないわ。あの聖書は、那須に引っ越
す前、ヒカリが丘公園の近くの雑貨屋に置いてあった無料配布のもので、教会とは関係ないの。最近なぜか持ち歩い
ているのよ」
 私は、このささやかな出来事から大きな力を得たのでした。私にとってそれは小さな奇跡でした。






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